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ババア1日にしてならず

血液がメロンソーダ

たんぱく

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Vineだよ〜!」


そう、わたしが今まで生きていた日々はVineの中のループに過ぎなかったのである。

微睡子の様子が今日はおかしい。サーモグラフィーを転写したように身体の温度がわかる。顔は青白くくすんで、手足は熱をもった赤色をしていた。そういえば彼女は寒がりであり、いつも着込んだかっこうをしているが、本日は春の晴天。むだに重ねた衣服は、垢のように身体を圧迫してるに違いない。熱がこもって居ても立ってもいられない様子だった。
なんでも、彼女は寒いことが異常に怖いのだそうだ。確かに春は日陰に入るとすぐさま温度が下がり、指先から夕闇に蝕まれる。はやく帰らなくては死んでしまう気がするから怖いのだという。濃い紫色は冷たい、だから6月に紫陽花が咲くのだと思う、と講師が言ったところで時刻は12:10をまわり、わたしたちは昼ごはんを食べに大学を出た。日差しは強かった。日焼け止めを塗り忘れた腕から白いチャックが開いて、とつぜん世界の出口が見えた。今までの人生は液晶の中のVineの中のわたしの中の6秒に過ぎなかったのだ。やりなおし


…なんでもないです。たまごです。

夏の訪れを感じつつ、自分が大人になるのを感じつつ、諦めることが増え過ぎてそれすら忘れてることに気がつく、んでそういうときって全てが手遅れだったりする。あるあるー!深夜はこういう気持ちになりがちです。

 

新曲の「永遠は?」たくさんのご視聴ありがとうございました。

www.nicovideo.jp

 

「隔たり」をテーマにした曲ですが、永遠もないし1つにもなれないしこの世は終わってますね。それでも愛す価値はあるのか?みたいな、めんどくさい文学少女メンヘラにありがちな歌詞です。でもしょうがないんだよね〜

 

身体の境界線がいちばん曖昧になるところが「粘膜」なんですけど、恋人たちはそこを舐め合ったり擦りつけ合ったりして1つになろうとするわけ。で、その結果うまれたものがまた「他人」に過ぎない子供であるという、なんという皮肉。これもまた曲にすると思います。

 

そう、子供って他人なんですよね。「家族だから心が通じ合ってる」とか伝説です。みんな隔たりがあり、超えられない壁がある。それ前提で話をしないからこんがらがるわけで…日本人はとくに同じ言語を持つ人なら言葉が通じると信じがち…自戒をこめて。

 

生物の先生が語ることって社会の色んな仕組みと似ていることが多いのは、社会もまた自然界で、わたしたちはただの一生物に過ぎないことを示してるのかな、と思います。だから生物室で映像を撮りました。絶望を歌うことが誰かの救いになりますように。

ほこたて

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矛盾と同居


矛盾は同居し続ける
男と女みたいに
矛盾は同居し続ける
足りないものを探してる

 

矛盾は同居し続ける
長所と短所みたいに
矛盾は同居し続ける
完璧な愛を探してる

 

完璧な球体はどこにもない
ように
完璧な愛もまた
どこにもないのだろう

 

それでも矛盾は同居し続ける
つやのある何かになろうとして

 

 

その姿勢が尊い、というね、結果より過程が大事みたいなこと言われますよね。たまごです。とくに書きたいことがないせいで3月は更新を忘れました。

 

この一年、書きたい…というか「書かなくちゃ落ち着かない」みたいな精神状況が続きすぎたんだと思います。3月でようやく心が平穏を取り戻したのかもしれない。

不幸な状況にある人ほど考えるように思います。それはたぶん、こころの問題を解決するために考えざるを得ないからじゃないでしょうか。都合のよい答えを出してラクになりたいだけなのですみんなそうだよね?わたしだけ?

 

最近ほとんどの物事は偶然より必然じゃないかなと思い始めました。そうすれば諦められる物事もあります。みんなでラクになろう!

おはよう

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     孤独なものですね

 

強く手をにぎろうと
抱きしめようと
肌は水をはじくばかりでなく
いとしいひとと
まじることさえ許さない

 

ごくわずかな 粘膜という
境界があいまいになるところを
すりつけたりしてみるのに

 

それによってうまれたのは
また自分と切り離された他人であるなど
なんという皮肉!

 

孤独なものです いきものというのは

 

この孤独と 我々はずうっとつきあってゆかねばならないのか
気の遠くなるような
果てしない過去と未来

 

 

 

おはようございます。なンにもならないことを考えてたら朝になって、うつつを抜かしてたら日が暮れます。なすすべもないたまごです。

 

もうすぐJKという人生の旬が終わります。

旬の野菜って美味しいですよね。今年は大根と白菜をたくさん消費しました。でも腐ってしまえばわたしにとってお前らは用無し。洋梨は意外と腐りにくい…あれおかしいな、今日はあんまり寒くないのに!

 

わたしにとっては用無しだけど、彼らにとって…野菜本人にとって本人が用無しになるわけがない。寒いところにジャガイモを放置するとデンプンを糖に変えるから甘くなったりするじゃないですか。食べられるその瞬間まで、野菜は生きようとしてるわけで…

 

JKというのは確かに女にとっての旬。しかしそれは「消費者」が決めた旬にすぎません。あなたは野菜ですか?消費されるだけの人生を認めた野菜なんですか?冬の終わりを惜しむ大根ですか?食べられねば腐るしかない大根なんですか?

 

自分の旬くらい自分で決めろよということです。園子温のアンチポルノ見た影響がヒシヒシと文にあらわれてます。わたしは野菜か?いいえたまごです。人生に正解をくれ。

へるぷみ

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     母の背中


重たいものを右側に持ちすぎた
母の背中は右上にかたむいている
ご存知だろうか人間は
重たいものを片側にもつと
反対へと身体をかたむけるのだ
つりあいをとるために

いらないものを知りすぎた
わたしの頭はゆがんでいる
ご存知だろうかムスメというものは
母親に似ずにはいられないのである
なにかのつりあいをとるように

そんなにわたしが嫌いなら
産んでくれなくてもよかったのに
と、言いたくなるときがある

母がそのときなんと言うのか
なんとなくわかってしまう
「わたしだってね
産まれてきたくなどなかったのよ!」

だから毎回のみこむその言葉
きっと母もそうだったのだろう
わたしは母といちばん仲が悪く
いちばん母に近い人間だった

 

 

そうみんな愛すべき愛されるべき人間のはず、どうもたまごです。愛して!

 

芥川龍之介だったかな、「もうじき死ぬとわかったときに見える景色はすべて美しいのです」とか言ってた人。そういえば自殺しようと本気で思った「あの日」から夕焼けや遠くの街灯がすごく美しく思えるようになりました。曇りが好きだけど、最近は晴れの日もまあ悪くないなと思えるようにもなってます。景色は毎日きれいです。バスでも電車でも、まるで諸行無常を体現するかのような速さで流れていく窓外の景色ばかり眺めています。

 

「あの日」というのは私がDTM始める直前でもあります。これを表現したい、と思い始めたから今日のわたしがある。音楽と言葉に救われてきました。

みんな なにかに救われたがってるように思います。それは音楽だったり、勉強だったり、恋人だったりすると思う。デフォルトで苦しいのが人生、ヘルプミー!

 

受験戦争まっただ中ですが、受験もそうだし社会の仕組みも同様で、どこも利己主義ですね。というか、それが生物として当然の姿のはずなんですよ。いきものは自分の利益にならないことをしない法則があるらしいです。「種」という大きな仕組みのために生きるのではなく、自分のために生きているのです。

イギリスのEU離脱から始まって、今はアメリカ大統領の話題でもちきり。世界が自分至上主義にうごいているような。日本もいずれそうなる気がしてなりません。そもそも、排他的に利己主義的に色んな仕組みができているのに、国だけ「平和!」つってもどこかで摩擦がおきるんじゃないでしょうか。アホなので事実も知らないし比喩で固めます。無責任なのがこのブログのいいところってことで

 

大きいスケールで話をされても、当事者意識はもてないんですよね。これからはどんどん小さいスケール主体になっていって、自分を幸せにすることを大切にする社会になるのでは…いいや、そうなってほしい。

師走は忙しなく

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【重音テト】 アイスクリーム 【オリジナル】 by tamaGO VOCALOID/動画 - ニコニコ動画

 

いつも月に1つしか書かないことにしてるんですが、めちゃくちゃ語感いいタイトル思いついちゃったから番外編みたいなかんじなら許されるかなーってまあ許すも何も誰もみてないんで自分のこだわり折ればいいハナシなんすけどね。どうも師走です。忙しないです。

 

と、いうのも。まずは新曲が伸びすぎてめっちゃヤベーってのと…なんか恥ずかしくて汚らしいことがあったのに、それを記したくてしょうがないときってありませんか?わたしはあるんです。

しかしさすがに直接的に書くのも抵抗をかんじて、どうにか抽象的に表現できないものかなと。具体的なことは個人的な日記にしるしておきます…ああホントはずかしい。

 

たった1人、その1人と深く関わっただけでジブンこんなにも変わっちゃうのかよ、ガッカリだよ!という早い話絶望というか呆れというか。例えたらなんだろう、カリスマ性のある女の子と仲良くなって、憧れからその子の使ってる化粧を真似したら、今まで化粧をしなかったツルツルの肌がクソ劣化した、みたいな。元彼がすごく変わった手のつなぎかたをする人で、それが当たり前になったから他のつなぎかたをすると違和感があり今の彼死とうまくいかない、みたいな。いやさすがにそれは言い過ぎか。

「自分にとって異物」を受け入れる瞬間、カラダやココロのどこかしらが軋むはずだと思ったのです。ヒビが入ったり傾いたり。それは「荒れた肌」のように目に見えることもあるけど、「違和感」という目に見えない状態で現れることもある。めんどくせえ。それらの異物を軋み歪みながらも受け入れてきた。みんなそれぞれ違う異物を吸収してきたから、みんな個性的な歪みかたをしてるんだなー。簡単に歪んできました。身体も心も。

1度ゆがみ、時間の経ったものが簡単にまたゆがめるのかな。鉄は熱いうちに打て、人は若いうちに変われ。簡単じゃなかったとしてもそれでも、ゆがむしかないんでしょうね。でも大丈夫いままでだって簡単だったじゃないか!ね

 

こうしてゆっくり壊れてくのが人生?これらのことホント比喩でしかないのでアテになんないんすけど、そういうことがミルフィーユみたいに重なってるのが人生だとして。愛すべき人生だなって思いました(ぜんぜんおもってない)そろそろ日が出てきたのでやめましょう。コーヒー飲むか〜

ぜつぼう

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あなたが好き
それはまるで
絶望


それはまるで
いくら鳥を食べようと
お前は空を飛ぶそれのようにはなれない
と 告げられた猫のよう


あなたが好き
わたしは絶望
それはまるで


いいえただの
絶望

 

 

写真は自作の肉じゃがです結婚してください!えー最近これを書くのもそろそろ小っ恥ずかしくなってきました。たまごです。死んだ後に知り合いに発掘とかされたら本当たまったモンじゃないから、自殺するときがきたら必ず消去するリストの中に入れときます、赤字で。そうですね1番人に見られたくないものは…男共とのLINE履歴をいちいち保存したフォルダだ。これ本当に恥ずかしい。

過去への執着がハンパじゃない女として自分の中で有名なたまごですが、逆にみんなどうやって過去の自分と袂を分かっているのですか。年齢を重ねる毎に広がる小鼻の毛穴とか、算数を知った途端に打算的になる小遣いのつかいかたとか、いや算数はさすがに知っとかなきゃマズイけど、知ることによって失うものって必ずあるし、失ってまで知りたかったものなのかをジャッジできるのって知った後なんですよね。…悲しくね?

 

それでもおれはここにいる。アイスクリームが溶けるミュージック動画を年中に投稿します。おれたちみんな溶けてく身体を舐めるようにして生きてるの!

I scream aisiteru

いましめ

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解決策のないダメ出しほど自分に堪えるものはない。

なぜ死にたいという気持ちを持つようになったのか私は人生の主題のようにゆっくり考えてきた。その原因の根源さえ掴めれば、抜きとることができるのではないかと思ったからだ。
しかし考えてみてわかったことはどうしようもないことばかりだった。


私が死にたいと思う理由のひとつに、自分がいま立っている場所は自分が本来行きたかったところと比べると物凄く遠くにあり、もう今からそこを目指すなんて並みの人間の頭で考えれば到底不可能な地点にいるんだという絶望がある。別の人間が考えれば不可能じゃないかもしれないが、私の脳は不可能だと判断してしまう限り、私にそれは不可能なのだ。人間、もうダメだと思ってしまったところから失敗は決まっている。それは自己分析の精密さと、思い込みとの二重関係で成り立つ方程式だ。


ならばその思い込みを変えればいいじゃないか!という人のことは積極的に肋を折ってやりたい所存である。「思い込み」という感情や思想、意思は「人格」から成るものだ。また、その人格は「記憶」から成る。記憶は「過去」から成る。掘り返してゆけば全てが違う人間なのに、同じシチュエーションに立たせただけで、おれは簡単にできたのだからお前だって簡単にできる、できないのならお前は簡単な努力すらしてないということだ、みたいな暴論をふりかざす人がいる。めっちゃいる。気持ち悪い。肋を折りたい。
まあでもそんなふうに、暴論を持つ人のことをこんな恨んでしまうあたり、本当は彼らのことが羨ましいだけで、妬んで願った末に弱っている自分がよくわかる。あの人たちのように「なりたい」と思っているのだ、わりと切実に。しかし諦めが99%を占めているからこれだけ悲愴的なのだけど。
ならば諦めを99%たらしめる理由が絶望の他にもあるはずだ。そしてこれに気づいて私は更に絶望し爆笑することになる。


「無常」という世界観をご存じだろうか。松尾芭蕉を筆頭として日本の詩人ほとんどがひっさげる世界観。この世の全ては移ろう、永遠などない、というクソ根暗ネガティヴな世界観である。私はその世界観が大好きなのだと思っていたら、実は大っ嫌いだったのだ。
小学校あたりで、8月はまた来るけど、20xx年の8月はもう来ないのだ、一度きりで、ということを初めて飲み込んだ。それまで、まあまた夏なんて来るから、と特に季節を惜しむことなどなかったのだが、気づいてからは「去年の夏はどこへ行った?」という疑問、悲愴、やりきれない思いで一杯になっていった。1番大きかったのは父親の死かもしれない。8月31日は毎年やってくるが、もう父はこない。
そうやって、世界や自分が移ろいで止まらないことを承知していながら、ここにとどまろうとしないわけにはいかない、無常を必死で拒む、というのが私の性格だった。
しかも大問題なのが、私は自分のその世界観が大好きなのだ。好きすぎて曲にしてる。詩をみていい詩だな〜と思う。気持ちの悪い女である…


イエスしかし、そんなダメ女に世間が優しいわけないのだ。今が大好き!1ミリもうごきたくない!となると大抵の人間は現状維持どころか後退する。私だってわかってるし、みんなもわかってるから責める、責められてぐうの音も出ず。もうそんなこと歴史や経験が教えてくれているのに、苦しいだけなのに、私はそれを手放せない。
それは自分の大好きな部分というのは、アイデンティティとほぼイコールだからであった。アイデンティティを喪失し、自分のどこを好きになればいいのかわからなくなったら、それこそ私はSOSだ。その恐れが、私をここに立ち止まらせている理由である。ここから抜け出すには、1度丸腰になる必要があるのだ。恐ろしいことだ。


…いいや、本当はわたし、肯定してもらいたいだけなのかもな、今も昔も。自分の欠点の詰まった音楽や文章を作り、それを肯定してもらうことで…
話変わるけど芸術ってすごい。なにがすごいって、欠点を「好き!」と言ってくれる人が現れるのが芸術なんですよ、すごいです、欠点ごとまるごと愛してくれるっていう、母の愛並みの力を持ってます。急に敬語なった。
無条件の愛をみんな求めてやまないですよね。え?私だけ?そんなまさか…


女に産まれた人は誰しも感じていると思うけど、「女としての価値」はある時期を頂点にしてからはずっと下り坂だ。性的な対象としてみられるとか、きらびやかでそこにいるだけでいいよメシ奢るよ、と求められるような価値。もちろんそれは俗的な価値でしかないのに、そればかりが自分の価値だと思い込む。というか、社会がそればかり欲しているのに気づいている。「女としての価値」が「人としての価値」とイコールになってしまうという、なってはならない状態に陥ってしまうのだ。まあいまの私なんだけどね!
そうやって「若いから」「かわいいから」「いい子だから」と条件下心丸出しで求められることしか知らない女にとって無条件の愛とは、喉から手、場合によっては足まで出すぞというぐらい、欲しいものなのだ。とにかく、それがあってからが女としてではなく1人の「人としての価値」を自分で育てるスタートになる。あなたがそこにいてくれるだけでいいという、本来母親が与えてくれるものである愛情。なんか親子関係にまで話が飛び火しそうなんでやめよう。涙も引いてきたことだし。

こんな無名でニート志望の女子高生の散文など、だれも目にとめないということは最初からわかっている。わかっていても書く。これは誰でもない自分のために書いているのだ。音楽を作るのもそう。ああ、そうやって自分のために将来のことを考えたり勉強をしたりできないのは何故なのだろう。解決策のないダメ出しはずっと終わらず心の中に溜まるだけだから嫌なんだ。