ババアは1日にしてならず

少女がババアになるまでの日記

リズミカルに絶望を語る

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短歌

 

人体が真空曝露するという雲の上には天使がいるか

 

鳥とぼく何がちがうのねえ先生「ここが素嚢だ米があるだろ」

 

6月11日

 

 

 

たまごです。わたしは昔から無機質に飛躍する表現が好きです。現代文学にはそういう比喩が多いらしい。林檎嬢が上品な言葉遣いの歌詞を歌いながら男を殴ったり、性の話をしてるのに愛の話になったり、そういうのが好きです。

 

人体が突然真空に放り出されると爆発するっていう俗説がある。雲の上とかね。でも実際にはしないそうです。死ぬだろうけど、爆発はしない。これは科学的な妄想。

雲の上に天使がいるのも妄想です。宗教的な妄想。この2つになんの差があるだろうと思うわけです。どっちだって思考実験みたいなものだし。

 

鳥も人間も同じ価値ある命だ、というのは理想論です。実際の人間社会には明らかな人間至上主義がある。身体の作りや知能の高さなどを理由にして。鳩の胸をひらいて、米のいっぱい詰まった素嚢(そのう)を、先生は子供にまざまざと見せつけてるわけ。これが現実、科学だぞ〜って。(科学も人間至上主義の産物だと思ってます)

しかし、かといって、生き物の命はみな同じ、と考えるのが間違っていると言い切れますか?

 

近代以降の考え方しか学んでこなかった私たちは、前近代の「自然の全てに神が宿る」みたいな考え方を幼稚なものとしてしか捉えられないけど、ふと立ち止まってみると、どっちもどっちな気がするんだ。

真逆の考えだから、いきなり目の当たりにするとショックうけちゃうけどね。その稲妻のようなショックと向き合ってみたいのよ。稲妻のような真実があるんじゃないかと思うのよ。

 

そういう歌だよーってこと。私の歌はそんなんばっか。真逆のようでいて、真逆のものってむしろ同一なんじゃ?と、ずっと思っております。こういう感覚を対称性原理っていうのかな。

 

学者気取りの言葉遣いでごめんなさい。先生にずっと憧れてるから…。少ない知識でそれっぽいこと言えるように毎日毎日考えてる。(詐欺師だ)本読んだほうが手っ取り早いのにね。また歳をとった。子供のまんま歳を重ねたい……。

疲れてるときは運命感じやすい

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私は愛をなんだと思ってたんだろう

まるくてあまくてやわらかいとでも思ってたんだろう

ちょうど皆んなが並んで欲しがるような

あんなふうなものだと

 


まさか愛が

まいにちの洗濯まいにちの料理まいにちの仕事まいにちの笑顔

乾パンみたいな徒労だなんて

私はしゃぼん玉の中ばかり見ていた

 


新玉ねぎをコツコツとみじん切りにする

まだ残る昨日の疲れを足にぶらさげて

しゃぼん玉の割れる音を聴いていた

 

 

 

たまごです。つかれた。あたし、魔女のキキです、こっちの画像はもうなくなっちゃったラブホのブラックライトで浮かぶ絵

からだの芯まで疲れてるのですけども、生理前というのは気性が荒く、そして目が冴えて中々寝付けなくなるのです。ピルを飲んでいても、程度が低くなるだけでこいつは変わらないんですわ。からだとこころが別物だと思ったら大間違い、感情を司る脳だって臓器みたいなもんですし…まあ、どうでもいいか。

 

どうでもいいことをつれづれなるまま書いていくのがこのブログのいいとこってことで、あんまり需要とか考えるのやめよう。どうしてか自分を批評したくなるけれど…。最近文字を書くことといえば泉鏡花の夜叉ヶ池を現代語訳するぐらいなので、どうしてもあの文体に引っ張られます。読みにくくて申し訳ない。

 

愛愛愛愛うるせーよって思うでしょ!?わたしだって他のテーマで詩を書きてーよチクショウ。今わたしのこころの雑巾を絞ってもこれしか出てこなかったです。たまごオワコンやな〜。

でも最近思うワケ。愛にロマンが持てたころはよかったよ。無限に想像できたし。でも愛って近づいて抱きしめてみたら、獣臭くて、途方もなくて、ものすごい密度のリアルなの。わたしだって遠吠えしてみたくなるわ。

 

とか言ってたら眠くなってきちゃったなあ。でも書き始めたんだし、もったいない、えいこのまま公開してしまえ。あばよ!

煙の城、風で飛んで

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「君、いいかげんにしてくれないか。」

先生は怒った。

私は何本目かわからない煙草を先生の顔に向けた。

「私を幾つと思っているのか。」

「そんなことは大事じゃないって言ったのは先生でしょ。」

「屁理屈かね。精神性の話じゃなくて、肺が痛いんだよ。」

先生は私の手を掴んでそのまま火を消した。

21時のことだった。

 

こういう会話の中に流れるいやらしさをわかってほしい。たまごです。ラブホから拝借したインスタントコーヒーがうまい。私の中では、夢に出てくるあの人とナカノは4番と麻原尊師は同じジャンルなの。ああ前髪と爪が伸びるスピードについていけない。季節が過ぎるより早く伸びやがる。どうした、もっとびりびりに季節感じて生きてたじゃないか自分。最近は何もかもが鈍い。色も臭いも記憶も鈍い。許せないものもない。孤独でもない。でも、この感覚が夢で、あの孤独がリアルなのは知ってる。知ってるけど、五感が完全に騙されている。誰か覚ませよ。カフェインと深夜は一時的にリアルを見せてくれる。ナカノは4番の音楽もそう。しかし私の内部までは届かない。マニキュアみたいにすぐ落ちる。若くて苦しい過去に戻りたい気持ちと、大人になって生ぬるい今に満足する気持ちが、夜と朝の狭間のように揺れている。

真昼の夢

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   ま昼の夢

 

また夢を見た

まっ白い昼の夢

 

その人にキスをするのは

イルミネーションの電球をま近で見るようなもの

 

その人に触れるのは

まるで海の塩辛さを確かめるようなこと

 

ただ広い昼ま

まっ白い昼ま

古い記憶のなかの雲が凝り固まって

純度の高い昼になったんだ

 

混沌とした世界で

このま昼だけが正しい

 

 

 

たまごです。

小学校のころから夢に頻出する人がいる。恋人と嫌なことがあったときに出やすい。なんの関係もなく出てくることだって多いが。

その夢を見た後は過去の記憶と今の状況がごっちゃごちゃになる。10分もすれば忘れるんだけど、その間は慕情とか懐かしさとかでいっぱいになってしまう。でも、現実にいるその人のことがそれほど好きかというと、好きだが昔ほどじゃない。

というか、夢に出てくるその人は、現実のホンモノとは別物なんじゃないかと、最近思い始めた。夢の人は、懐かしさが凝り固まった癌みたいなものなんじゃないかなって。

 

虚像の存在だけが正しいって思ってるのは本音だよ。それ以外になにもないんだよ。現実は複雑すぎて正しいとか悪いとかそういう対象じゃない。同居人は純度の高すぎる現実。今日も布団に現実が横たわる。

春の安売り

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はやく来ないかなー、春。冬は頭痛がつらいので嫌いです。冬でも体調の異変を感じてなかった頃、若かったんだな〜としみじみ思う。銭湯に行った日だけやたら体調がいい。

 

最近ハマっていることはフェミニストを自称する方々のツイートを読み漁ること、妊婦風俗嬢についての記事とか性被害の体験談とか家庭内暴力の統計を見ることです。おい音楽はどうしたんだ、そう言われてもしょうがない。たまごが社会学かぶれFラン女になるなんて誰が予想したんでしょうね。

 

でね、自分がどうしてこんなことを調べるのに何時間も集中できるのか。それは考えることが好きだからだろうと前まで思ってたんだけど、だったら数学とかもっとまともな勉強のほうにその集中力使ってもいいわけじゃないですか。そうならなかったのは、私の問題と近しいことを調べてるからなんだと、今ピキーンとわかったのです。さっきまで記事読んでた。

 

そしたらもっとすごいことに気がついたんだけど

記事読んでたらそれに関連する自分の眠ってたトラウマとかが目覚めて猛威をふるうことが少なくなくて、例えば少年による家庭内暴力が多いって記事見てたら…「お兄ちゃんもあんなことやこんなことしてきたなあ」(なにがあったか書こうとしたけど書けなかった)みたいなことがフラッシュバックしてくる。ものすごいストレス、心拍数の高まりなどを感じる。…そうすると、頭の中に詩とメロディが浮かんでくるんですよ。これはさっきあった話です。つまり!ストレスや不安感がそのまま音楽として出力される構造っぽいんです私。すごいこと気づいちゃった〜てことで曲作りたいときは積極的にトラウマを掘り起こしていこうと思いますが

 

音楽が純粋に好きというより、人生の不完全さを音楽でなんとかプラマイゼロに持ってこうとしてたというか…。なんにせよ不健全な音楽だってことです。私がいい曲書いたら不幸だってことだから、みんな心配してくれよな!

ダーリンとシーズン

ダーリンとシーズン

https://www.youtube.com/watch?v=dqMg6LSoqZk

 

りあんぬさんと質問を投げあい回答する企画です。わたしのよりみりあんぬさんのブログを見たほうが得るものは多いのでオススメです。

りあんぬさんの回答はこちら https://www.shortnote.jp/view/notes/AQDyxY4B

 

Q1

ダーリンとシーズンの歌詞で、とくに気に入っているところはありますか?

 

1番の歌詞です。

私の歌詞の作り方で多い方法が、1番で言いたいことを全て言い切ってしまい、2番以降はそれをなぞるようにして作るものです。アイスクリームも永遠は?も赤い子もそのようにしてできあがりました。適当に作った曲は1番しかないことが多いのもたぶんその作風(と呼んでいいのか)のせいで、もともと1番しか作る能力がないんだと思います。

 

Q2

歌詞を書いているとき、一番気をつけている(こだわっている)ことはなんですか?

 

北原白秋作詞、山田耕筰作曲の「この道」という童謡で言われている"実際の発音の上下と音程の上下が概ね一致している"説がありますが、私が気にしてるのはそういうところですね。実際の発音の上下や言葉の間合いと、メロデイの音程やリズムが大きく剥離していると、聴きづらく気持ち悪いものだと思います。とくに ダーリンとシーズンのようなファンキーで文字数の多くなるメロディは、語感を気をつけて挑みます。メロディに合って初めて殺し文句が完成するという持論です。多少意味を蔑ろにしてもそこは譲りません。

 

Q3

詩作において、参考にしているものや強い影響を受けたものはありますか?

 

りあんぬさんもこの質問めちゃくちゃ困りましたよね…私も今困っています(笑)好きなアーティストとか、挙げだしたらキリがない…みりあんぬさんもその例外ではなく。

しかし、tamaGOの歴史において、そして作風において絶対に無視できない存在はナカノは4番・nakano4さんとの出会いだと思います。中1の吹奏楽部でパワハラ生活だったときにナカノさんの曲に出会って、てか1人で音楽やればよくね?という結論にありつけた今の自分があるので、、、ナカノさんは救世主。あのまま吹奏楽やってたら自殺してたと思う、マジで。

ナカノさんが当時画期的だと評価されていたのは、歌詞が(音も)とことん無機質だったところだと思うんです。それまでのボカロ曲の歌詞は、ボカロを血の通った少女として歌わせる曲が多かったと記憶してるんですが、ナカノさんはその中で「無感情には無感情を」という手法を確立したひとりだと思っています。(ご本人はそんなつもりないかもしれませんが)

だからといって無感情な歌詞を書いていてもそれが本当に感情の揺らぎをかんじさせないものになるかというと、そうでもないところが面白いと思います。ボカロやUTAUなどの合成音声にはむしろ無感情さを演出することで、キャラクターに魂が宿ると信じています。

 

以上、こんな感じで大丈夫でしょうか。的外れな回答してないといいな。週末のボマスに備えて曲作らねば…おやすみなさい。

花になる呪いをかけられた女

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ダーリンとシーズン https://nico.ms/sm34049639?ref=twitter_ss

 

音楽 / 水科みり     詩 / tamaGO

イラスト / haconone

 

じだんだ踏んでぶん殴った

わかってくれると思ってた

自分で行った分岐点が

計った先とまるで違った

赤色の蘭が急に散った

あなたが言った「散るからいいんだ」

いつか死ぬというなら美しくなれるの?


Oh, darlin' give me one more chance.

変わりたい 変われない 変えらんない

おねだり 銀色のチャーム

帰りたい 帰れない 帰らせない


もう似合わないね ワンピース ネックレス カバンもぜんぶ捨てちゃえ

人生の晩秋を花にたとえた屈辱よ

生命のシルエット


釣られた魚腐った

食べてくれるって信じていた

カンジダは病じゃないわ

ミトコンドリア見たことないな

感じたわ 嘘じゃないわ

愛があるとは言えないけど

金木犀の夜に名もない六等星


青春があるなら赤秋があればいい

今こそ若さのあやまちを正すとき

終電車に乗る人生はたのしい?

大人しく老けてはいられない

生きられない


もう見つかんないね ファーストキス バージン 恥じらいをとうに忘れたよ

ねえ先生教えて 流星はどこへ消えてったの

宿命はシークレット


もう言いたくないね 優しい嘘も おかしい事実も気づいてダーリン

人間の一生を四季に擬えた罪よ

生命のシルエット

 

※私のメモ帳にあるものなので多少完成曲と違うところがあります

 

 

こんばんは。自律神経が乱れる季節の変わり目、すっかり銀杏が落ちてイチョウ通りは風情もクソもありませんが、今日も生存。たまごです。

私が一枚噛んでるみりあんぬさんの新曲「ダーリンとシーズン」が公開されました。神曲ってこういうときのためにある言葉なんですね。ずっとリピートしてる

 

私は曲を書いたときに「これホントに自分が書いたのか?」となることが多く。まあ創作っていうのはそういう、自分じゃないものになるため精一杯飛躍することだと思うんですが…今回みりあんぬさん(水科みりさん)と共作したこの曲は、とくにその感触が強いです。

 

理由として、みりあんぬさんからワンコーラスのデモを受け取ったのが最初だったからかなと思います。そのデモの中のみりあんぬさんは言葉になる直前のうやむやをそのままハミングしてるような状態で、語感のイメージがしやすかった。あと「生命のシルエット」はみりあんぬさんが最初のデモ時点から歌っていたもので、私が作った殺し文句ではありません。超イカしてますよね、これがhacononeさんのイラストと合わさって意味深になるという…とまあ色々あるんですが、数ある共作のやり方の中で、ある程度出来上がった音とハミングのメロディがあるスタートを自然に取ったことが、この詩が生まれた鍵だと言いたい。つまり、私が単体で生きていたらこんな詩書けなかったわけです。みりあんぬさんからのお誘い(本当にありがとうございます)があり、超かっこいいデモがあり、たまたま読んだ横光利一の"春は馬車に乗って"があり、hacononeさんの絵があり、できた作品なんだなぁと。ひさびさにエモ〜いきもち。

 

話は変わるんですが、

女ってやたら花に形容されますよね。若いうちが花よ、とか、女は職場の花、とか…そんな下らないこと深く考えなければいいんですが、人を植物に見立てるんじゃねえよと(人間史上主義)(植物に失礼)枯れたら用はねえのかと(命は皆平等)(枯葉は養分として有用)

「人生の晩秋を花にたとえた屈辱よ」「人間の一生を四季に擬えた罪よ」はつまりそういうことです。わかりやすいね〜

(フロイトも「おとぎ話において"3"という数字がキーワードになるのは四季の中でも死の季節である"冬"を無意識に避けることを我々が望んでいるからである」みたいなわけわかんないこと言ってます。ちな現在ではほぼ否定論破論破〜)

 

だからこれは まさに今の季節の歌!春も夏も酸いも甘いも経験した大人のための歌と言えるでしょう。(お前も人生を季節に例えてるじゃんて言及されたら死ぬ)勝手なこと並べてますが、みりあんぬさんがどう思われているかは私めにわかりかねますので、悪しからず。

アタシ花だからなんにもわかんない!みたいな顔してる女の子にはあなたは人間よって教えてキスしてあげてください、呪いとは言葉であり、呪いを解くことができるのも言葉である。おとぎ話なら、そこで魔法が解けてハッピーエンド…めでたし、めでたし。