ババア1日にしてならず

血液がメロンソーダ

はてさて

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   一線を超えた

 

一線を超えた自覚はある
しかし一体どこで?
今はもう覚えていない
ああそして線すら見えなくなって
ものすごく遠くへ来てしまったような
まだ近くで彷徨っているような
いつ電車が来るのかわからないプラットホームの
黄色い線を踏み外して歩く

 

 

お久しぶりです〜たまごです。今この時点でこのブログを読んでる人はいないと思うのでわたしは虚無に向かって「お久しぶりです〜」とか書いているんです。どうかこんなさみしい人にはならないでください。

 

大学の勉強がすごくたのしくて、無名の大学だけど入ってよかったなあと思ってます。友達いないけど…

小学生〜高校生までの勉強って「こんなこと意味あるのか?」とか思いながらみんなやってるんでしょうけど、今思うとあれはパズルのピースを手に入れていってる段階だったんだと合点してます。大学生になり、論理的な思考が立つようになって、初めてそのピースを当てはめていくことができる…そしてほとんどの知識は一本の木のように、ひとつの絵のようにまとまるんです。最近はそういう感覚で勉強しています。

 

でも、わたしは単に「考えること」が好きなだけなんですよね。そこに偉いだのなんだのはあんまり関係ないことだと思います。座って考えるより、行動して覚えたほうが得意なひとだっているし、指示をするより、言われたことをこなすほうが向いてるひともいる…いろんなベクトルを持ったひとたちがいるから、こんなに社会も多様化したんですよね。そこを忘れちゃいけない。いや〜最近「これだから大学生は」ってバイト先で言われてヘコんでたけど自分なりにこう結論が出ました(笑)わたしは自分の傷のために考えるタイプの人間かも。

 

新曲は10月10日テトの日に投稿予定です。高校のころに作ったちょっと古い曲ですが、もう少し秋をたのしみながらお待ちくださいね。

じだらく

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   石のようだと思ってた

 

石のようだ
石のようだと思ってた
あいつのアタマを
おれはとうとうカチ割ってやった

石のようだ
石のようだと思ってた
あいつのアタマには
あたたかい血と、乱反射する言葉が詰まっていた


ナイフのようだ
ナイフのようだと思ってた
あいつのココロを
おれはマッチ棒のように折ってやった
(こんなに簡単に?)

ナイフのようだ
ナイフのようだと思ってた
あいつのココロには、ああやっぱり
わたあめみたいな神経と、しなやかな生活が詰まっていた

なにより無機質なのはおれ自身なのではないか
おれのアタマの中
ココロの中、見してやるからそこにいてくれ

 

 

相手が情報を開示してくると自分も心を開いてしまうアレ。多忙にまみれて6月は更新を忘れました。たまごです!

 

多忙も悪くないけどいかんせん金がない。あとどんどん頭が砂漠になってゆく感覚があります。久しぶりに詩を書きました(自分の中では冗談にならないくらいひさびさです)

 

去年の今頃は「18歳」を背負わされてその非現実感に辟易としてたような。今となっては19歳…今年の誕生日はこれといって感慨もなく、かといって虚しいわけでもなく…忙しいとここまで心が鈍感になるんですね。むしろこの鈍感さが健全であるように思います。去年まで女子高生というブランド消失が世界の終わりように怖くて、必死で痕跡を残そうとしてましたね、いつでも思い出せるように…その結果の未来は思い出す暇がないから徒労ご苦労ってかんじです。

 

多くの人は日々をこなすのに精一杯で、一瞬一瞬を惜しむ暇なんてないわけです。

「今」に執着してられるってことは、暇なんですねえ…暇だったんだなあ……

 

これが大人になるということだったら、思ってたより痛くも痒くもないし、大人になってしまえばなにも感じないけど、敏感な少女からしたら、見てるだけで痛かったんだと思います。忙しさほど怖いものなかったですから、あの頃。

 

ふー久しぶりに課題以外で長い文章書いたなー。ぼちぼち曲作らんとやばい。UTAUオンリー待っとってなー!

たんぱく

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Vineだよ〜!」


そう、わたしが今まで生きていた日々はVineの中のループに過ぎなかったのである。

微睡子の様子が今日はおかしい。サーモグラフィーを転写したように身体の温度がわかる。顔は青白くくすんで、手足は熱をもった赤色をしていた。そういえば彼女は寒がりであり、いつも着込んだかっこうをしているが、本日は春の晴天。むだに重ねた衣服は、垢のように身体を圧迫してるに違いない。熱がこもって居ても立ってもいられない様子だった。
なんでも、彼女は寒いことが異常に怖いのだそうだ。確かに春は日陰に入るとすぐさま温度が下がり、指先から夕闇に蝕まれる。はやく帰らなくては死んでしまう気がするから怖いのだという。濃い紫色は冷たい、だから6月に紫陽花が咲くのだと思う、と講師が言ったところで時刻は12:10をまわり、わたしたちは昼ごはんを食べに大学を出た。日差しは強かった。日焼け止めを塗り忘れた腕から白いチャックが開いて、とつぜん世界の出口が見えた。今までの人生は液晶の中のVineの中のわたしの中の6秒に過ぎなかったのだ。やりなおし


…なんでもないです。たまごです。

夏の訪れを感じつつ、自分が大人になるのを感じつつ、諦めることが増え過ぎてそれすら忘れてることに気がつく、んでそういうときって全てが手遅れだったりする。あるあるー!深夜はこういう気持ちになりがちです。

 

新曲の「永遠は?」たくさんのご視聴ありがとうございました。

www.nicovideo.jp

 

「隔たり」をテーマにした曲ですが、永遠もないし1つにもなれないしこの世は終わってますね。それでも愛す価値はあるのか?みたいな、めんどくさい文学少女メンヘラにありがちな歌詞です。でもしょうがないんだよね〜

 

身体の境界線がいちばん曖昧になるところが「粘膜」なんですけど、恋人たちはそこを舐め合ったり擦りつけ合ったりして1つになろうとするわけ。で、その結果うまれたものがまた「他人」に過ぎない子供であるという、なんという皮肉。これもまた曲にすると思います。

 

そう、子供って他人なんですよね。「家族だから心が通じ合ってる」とか伝説です。みんな隔たりがあり、超えられない壁がある。それ前提で話をしないからこんがらがるわけで…日本人はとくに同じ言語を持つ人なら言葉が通じると信じがち…自戒をこめて。

 

生物の先生が語ることって社会の色んな仕組みと似ていることが多いのは、社会もまた自然界で、わたしたちはただの一生物に過ぎないことを示してるのかな、と思います。だから生物室で映像を撮りました。絶望を歌うことが誰かの救いになりますように。

ほこたて

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矛盾と同居


矛盾は同居し続ける
男と女みたいに
矛盾は同居し続ける
足りないものを探してる

 

矛盾は同居し続ける
長所と短所みたいに
矛盾は同居し続ける
完璧な愛を探してる

 

完璧な球体はどこにもない
ように
完璧な愛もまた
どこにもないのだろう

 

それでも矛盾は同居し続ける
つやのある何かになろうとして

 

 

その姿勢が尊い、というね、結果より過程が大事みたいなこと言われますよね。たまごです。とくに書きたいことがないせいで3月は更新を忘れました。

 

この一年、書きたい…というか「書かなくちゃ落ち着かない」みたいな精神状況が続きすぎたんだと思います。3月でようやく心が平穏を取り戻したのかもしれない。

不幸な状況にある人ほど考えるように思います。それはたぶん、こころの問題を解決するために考えざるを得ないからじゃないでしょうか。都合のよい答えを出してラクになりたいだけなのですみんなそうだよね?わたしだけ?

 

最近ほとんどの物事は偶然より必然じゃないかなと思い始めました。そうすれば諦められる物事もあります。みんなでラクになろう!

おはよう

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     孤独なものですね

 

強く手をにぎろうと
抱きしめようと
肌は水をはじくばかりでなく
いとしいひとと
まじることさえ許さない

 

ごくわずかな 粘膜という
境界があいまいになるところを
すりつけたりしてみるのに

 

それによってうまれたのは
また自分と切り離された他人であるなど
なんという皮肉!

 

孤独なものです いきものというのは

 

この孤独と 我々はずうっとつきあってゆかねばならないのか
気の遠くなるような
果てしない過去と未来

 

 

 

おはようございます。なンにもならないことを考えてたら朝になって、うつつを抜かしてたら日が暮れます。なすすべもないたまごです。

 

もうすぐJKという人生の旬が終わります。

旬の野菜って美味しいですよね。今年は大根と白菜をたくさん消費しました。でも腐ってしまえばわたしにとってお前らは用無し。洋梨は意外と腐りにくい…あれおかしいな、今日はあんまり寒くないのに!

 

わたしにとっては用無しだけど、彼らにとって…野菜本人にとって本人が用無しになるわけがない。寒いところにジャガイモを放置するとデンプンを糖に変えるから甘くなったりするじゃないですか。食べられるその瞬間まで、野菜は生きようとしてるわけで…

 

JKというのは確かに女にとっての旬。しかしそれは「消費者」が決めた旬にすぎません。あなたは野菜ですか?消費されるだけの人生を認めた野菜なんですか?冬の終わりを惜しむ大根ですか?食べられねば腐るしかない大根なんですか?

 

自分の旬くらい自分で決めろよということです。園子温のアンチポルノ見た影響がヒシヒシと文にあらわれてます。わたしは野菜か?いいえたまごです。人生に正解をくれ。

へるぷみ

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     母の背中


重たいものを右側に持ちすぎた
母の背中は右上にかたむいている
ご存知だろうか人間は
重たいものを片側にもつと
反対へと身体をかたむけるのだ
つりあいをとるために

いらないものを知りすぎた
わたしの頭はゆがんでいる
ご存知だろうかムスメというものは
母親に似ずにはいられないのである
なにかのつりあいをとるように

そんなにわたしが嫌いなら
産んでくれなくてもよかったのに
と、言いたくなるときがある

母がそのときなんと言うのか
なんとなくわかってしまう
「わたしだってね
産まれてきたくなどなかったのよ!」

だから毎回のみこむその言葉
きっと母もそうだったのだろう
わたしは母といちばん仲が悪く
いちばん母に近い人間だった

 

 

そうみんな愛すべき愛されるべき人間のはず、どうもたまごです。愛して!

 

芥川龍之介だったかな、「もうじき死ぬとわかったときに見える景色はすべて美しいのです」とか言ってた人。そういえば自殺しようと本気で思った「あの日」から夕焼けや遠くの街灯がすごく美しく思えるようになりました。曇りが好きだけど、最近は晴れの日もまあ悪くないなと思えるようにもなってます。景色は毎日きれいです。バスでも電車でも、まるで諸行無常を体現するかのような速さで流れていく窓外の景色ばかり眺めています。

 

「あの日」というのは私がDTM始める直前でもあります。これを表現したい、と思い始めたから今日のわたしがある。音楽と言葉に救われてきました。

みんな なにかに救われたがってるように思います。それは音楽だったり、勉強だったり、恋人だったりすると思う。デフォルトで苦しいのが人生、ヘルプミー!

 

受験戦争まっただ中ですが、受験もそうだし社会の仕組みも同様で、どこも利己主義ですね。というか、それが生物として当然の姿のはずなんですよ。いきものは自分の利益にならないことをしない法則があるらしいです。「種」という大きな仕組みのために生きるのではなく、自分のために生きているのです。

イギリスのEU離脱から始まって、今はアメリカ大統領の話題でもちきり。世界が自分至上主義にうごいているような。日本もいずれそうなる気がしてなりません。そもそも、排他的に利己主義的に色んな仕組みができているのに、国だけ「平和!」つってもどこかで摩擦がおきるんじゃないでしょうか。アホなので事実も知らないし比喩で固めます。無責任なのがこのブログのいいところってことで

 

大きいスケールで話をされても、当事者意識はもてないんですよね。これからはどんどん小さいスケール主体になっていって、自分を幸せにすることを大切にする社会になるのでは…いいや、そうなってほしい。

師走は忙しなく

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【重音テト】 アイスクリーム 【オリジナル】 by tamaGO VOCALOID/動画 - ニコニコ動画

 

いつも月に1つしか書かないことにしてるんですが、めちゃくちゃ語感いいタイトル思いついちゃったから番外編みたいなかんじなら許されるかなーってまあ許すも何も誰もみてないんで自分のこだわり折ればいいハナシなんすけどね。どうも師走です。忙しないです。

 

と、いうのも。まずは新曲が伸びすぎてめっちゃヤベーってのと…なんか恥ずかしくて汚らしいことがあったのに、それを記したくてしょうがないときってありませんか?わたしはあるんです。

しかしさすがに直接的に書くのも抵抗をかんじて、どうにか抽象的に表現できないものかなと。具体的なことは個人的な日記にしるしておきます…ああホントはずかしい。

 

たった1人、その1人と深く関わっただけでジブンこんなにも変わっちゃうのかよ、ガッカリだよ!という早い話絶望というか呆れというか。例えたらなんだろう、カリスマ性のある女の子と仲良くなって、憧れからその子の使ってる化粧を真似したら、今まで化粧をしなかったツルツルの肌がクソ劣化した、みたいな。元彼がすごく変わった手のつなぎかたをする人で、それが当たり前になったから他のつなぎかたをすると違和感があり今の彼死とうまくいかない、みたいな。いやさすがにそれは言い過ぎか。

「自分にとって異物」を受け入れる瞬間、カラダやココロのどこかしらが軋むはずだと思ったのです。ヒビが入ったり傾いたり。それは「荒れた肌」のように目に見えることもあるけど、「違和感」という目に見えない状態で現れることもある。めんどくせえ。それらの異物を軋み歪みながらも受け入れてきた。みんなそれぞれ違う異物を吸収してきたから、みんな個性的な歪みかたをしてるんだなー。簡単に歪んできました。身体も心も。

1度ゆがみ、時間の経ったものが簡単にまたゆがめるのかな。鉄は熱いうちに打て、人は若いうちに変われ。簡単じゃなかったとしてもそれでも、ゆがむしかないんでしょうね。でも大丈夫いままでだって簡単だったじゃないか!ね

 

こうしてゆっくり壊れてくのが人生?これらのことホント比喩でしかないのでアテになんないんすけど、そういうことがミルフィーユみたいに重なってるのが人生だとして。愛すべき人生だなって思いました(ぜんぜんおもってない)そろそろ日が出てきたのでやめましょう。コーヒー飲むか〜